前回は、性犯罪被害によるPTSD(心的外傷ストレス傷害)について、具体的にどのような症状が生じるのか代表的な4つの症状について触れましたが、今回はどのように治療していくのかに焦点を当てて、皆さんにお伝えしたいと思います。
治療を行うためには、まずは出来事を正確に把握していく必要があります。しかし、被害に遭った方にとって『出来事を思い出す』ということは、それ自体精神的負担が大きく、一度に思い出させると不安や恐怖など、様々な負の感情が呼び起こされてしまうものです。そのため、始めから深く聞き出しすぎないようにしなければなりません。
加えて、その心的外傷の出来事は過去のものであって、今は継続して行われていないかどうかも確認する事が非常に重要です。なぜなら、治療が成功するためには、患者が安心できる環境の中にいることが大前提だからです。継続して行われている場合は下記医療に加えて、肉体的にも精神的にも安心できる環境を作る必要性があり、法的保護(警視庁犯罪被害者ホットライン、日本司法支援センターetc)が必要となってきます。
では、具体的にどのような治療法があるのでしょうか。
おおむね、以下の3つになります。
A. 認知行動療法(PE療法、TF-CBT、CPT)
B. EMDR
C. 薬物療法
A. 認知行動療法(PE療法、TF-CBT、CPT)
「ものの受け取り方」や「考え方」を認知といいますが、認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)を「認知療法・認知行動療法」といいます。
代表的なものに、①PE療法(持続エクスポージャー療法)、②トラウマ焦点化認知行動療法、③認知処理療法があります。
① PE療法(持続エクスポージャー療法)
暴露療法と呼ばれるもので、出来事に似た状況に何度も向き合うことで慣れを生じさせ、不安を軽減していきます。その時の状況を思い出し、それを言葉にして語ったり、ノートに書きだしたりすることにより、いっそう慣れを推し進め、冷静にそのことを語り受け止めるようになり、結果として恐怖感が和らいでくるというものです。
② トラウマ焦点化認知行動療法(=TF-CBT:Trauma-Focused Cognitive Behavioral Therapy)
子供を対象とした治療プログラムです。子供は大人よりも自己に起こった出来事を処理する能力が低く、一人で抱えきれるものではありません。そのため、子供とその保護者が共に参加し、アタッチメント理論、ファミリー療法、エンパワーメント療法など様々な治療プログラムに取り組んでいきます。
③ 認知処理療法(=CPT:Cognitive Processing Therapy)
CBTはうつ病治療に使われる機会が多くなり、広く認知されるようになってきましたが、PTSDに対応した認知行動療法に認知処理療法(Cognitive Processing Therapy)という心理療法があります。
心的外傷により物事の見方が変わり、『男性は誰も信用できない』『もう、私は何をやっても上手くいかない』などと世界観や自己肯定感が酷く低下していきます。そのような考え方を客観視し、現実的な考え方に戻すというものです。
B. EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)
EMDRは「眼球運動による脱感作と再処理法」と訳されます。何やら難しい言葉ですが、簡単に言うと、PCのように人間は複数の事を同時に処理する事が得意でないという特徴を生かしたものです。
まず、自分の心的外傷記憶を思い出してもらいます。本来であれば、想起し続けると、どんどん不安や恐怖が強くなっていきますが、この治療方法では想起すると同時に、治療者がメトロノームのように左右に振る指を目で追っていく眼球運動を行います。そうする事で、自分の心的外傷記憶を思い出しても、単調な他の作業が間に挟まれ、不安や恐怖にたどり着きにくくなります。かつ、単調な作業なので、想起した記憶はイメージとして保持され続けます。つまり、イメージとして頭の中にあるのに、不安や恐怖が生まれてこない事の体験を何度も繰り返し、慣れさせていくという治療方法です。
C. 薬物治療
抑うつ気分が目立つ場合はパロキセチン、セルトラリンといった抗うつ剤を用います。
イライラ、不安が目立つ場合は抗不安薬、悪夢で苦しんでいる場合はβ遮断薬を投与します。
上記のように様々な治療方法がありますが、心理療法は時間がかかる、患者に大きな精神的負担をかける、技量を兼ね備えた医療者が不足している、ことなどから、医療機関では薬物療法に傾倒しがちです。目の前の人を何とかしたくても限られた資源では、なかなか難しいのが現実です。
治療を受ける際には、PTSDに対して適切な治療を提供できる医療機関を選び受診する必要があります。PTSDを熱心に勉強している方は非常に少ないですが、例えば日本EMDR学会のHPには、EMDRのトレーニングを受けた医師のクリニックが紹介されていますので、一つの目安にはなろうかと思います。
また、PTSDに対して仮想現実(=VR)を用いた治療方法も検討され始めています。現段階ではその有効性および安全性は明らかになっていませんが、PTSD症状の軽減に役立つものとして期待されています。技術は驚異的なスピードで進化を遂げていますが、「こころ」に関しては未だ多くが解明されておらず、万能な治療方法はありません。その確立のためには、どのような機序により、その症状が顕在化してくるのかを解明していかなければならないでしょう。
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