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執筆者の写真湯地義啓

性犯罪被害によるPTSD(心的外傷ストレス障害)



地震、台風などの自然災害、交通事故により身体障害を負った、肉親を亡くした方の家族のその後の凄惨な人生がクローズアップされることはあっても、性暴力を受けた方のその後の人生をどれだけの人が理解しておられるでしょうか。


強姦、強制わいせつ等は年間どのくらい発生しているのでしょうか。強制わいせつの一つである痴漢は、混みあっている満員電車一列車に一件発生しているかもしれません。年間何本の電車が動いているのでしょうか。会社内、飲み会等で言葉によるわいせつ的な発言を貴方はこれまで聞いたことはないでしょうか。

これは勝手な憶測ですが、女性のほとんどの方がそういった被害に一度は遭遇しているのではないでしょうか。自然災害、交通事故よりも件数は多いのではないでしょうか。


では、なぜ前述したようにクローズアップされないのでしょうか。


答えは簡単です。患者が語らないからです。そして語らなければ、決してそれは人目に触れることはないのです。

どんな微小なウイルスであっても、電子顕微鏡一つで目に見えます。ただ、性犯罪はどれだけ最新鋭の現代技術を駆使しても、語らねば目視できないのです。


では、なぜ被害者は語らないのでしょうか。この答えも簡単です。

性犯罪に遭ったことを恥として捉えていたり、只々どうしていいのかわからないというのが理由なのです。仮に、必死に勇気を振り絞ってそれらを訴えたとしても、『そんな格好してたら襲われても仕方がないのでは』『お酒の場だからね~』という発言を、被害者に対して投げかける者さえいるのです。誰にも理解されないが故、二度とその事を話さないように無理やり心の奥底にしまい込むのです。そして、それは徐々に本人すら気づかぬうちに奥底から全身をむしばみ始めるのです。


メンタルクリニックに来る患者の方々は、その全身に蝕まれた状態で来る方が非常に多いのが現状です。最初から『性犯罪を受けてつらいです』という主訴で来る方は前者に比べると非常に少ないものです。診察を重ねるうちに、その体験が原因となって患者の精神状態を蝕み、情緒不安定となっているというのがようやくわかるものです。加害者の人生にとってはほんの一瞬の出来事でしょう。しかしながら、その一瞬は彼女たちの人生をコントロール不能とし、人としての尊厳性が否定されるといっても過誤ではない状態へと追いやってしまうのです。


では具体的にどういった症状が生じるのでしょうか。代表的な症状は以下の4つです。

① 再体験症状

② 回避症状

③ 麻痺症状

④ 覚醒亢進症状


再体験症状とは何の前触れもなく、突然その時の出来事が思い出される。いわゆるフラッシュバック現象(侵入的回想)が生じます。フラッシュバックが生じると情緒不安定となり、動悸、冷や汗、頭痛などの身体症状を伴ったりします。


回避症状とは文字通り、ある特定の状況を避けるようになることです。出来事に関連する場所や人物、加えて、それは直接的な場所でなくても似たような場所、状況、人物を避けるようになるのです。社会人であれば、これがいかに彼女自身の社会人生活を苦しませることになるのかは容易に想像がつくことでしょう。


麻痺症状とはいわゆるアンへドニアと呼ばれる状態になることを言います。これまで楽しかった出来事が楽しくなくなり、興味が薄れていきます。それは趣味等の対物だけではなく、対人においても同様です。他人と話していても笑顔がなくなっていきます。そのため、友人も次第に彼女を遠ざけるようになり孤立していきます。


覚醒亢進症状とは、些細な物事に敏感になりイライラしたり、怒りっぽくなったり、不眠に悩まされたり、特に理由もないのに周囲を警戒し怯えるようになったりするものです。


これらの症状が一過性に終わるのではなく、長期にわたって持続するのです。このような状況が持続すれば、徐々に心身は疲弊し『生きる事がつらい』『なんのために生きているんだろう』『消えていなくなりたい』と思うようになり、ある日突然、それを本当に実行してしまうのです。人間としての生存権をその一つの出来事によって奪われかねないと言っても決して大袈裟ではないのです。


ではいかにして、我々医療者は治療を行っていくのか。

次回はこの点についてお話したいと思います。



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